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私たちのナラティブ

人生に寄り添い、その人らしさを支えるとは・・・

きょうりつ

Kさん(80代後半男性)はいつも笑顔で私達を迎えてくれた。手で口を押さえニコニコしながら冗談を言い私達を楽しませてくれようとしてくれる方だった。妻を看取りお一人で生活されていた。息子さん達に迷惑をかけたくない、自分のペースで生活したいという意思が強い方であり、地域の社会活動にも生き生きと参加されていた。狭心症や高血圧の既往があり、夜が不安・不眠・薬の不安があり8年前より訪問看護が開始となった。当初は要支援1であり月2回30分の病状観察と療養指導で訪問していた。訪問した際は、血圧や体温などを毎回メモし自己管理に努めている様子がうかがえた。病状や生活の困り事などを聞き対処法や解決策などを話し、30分経つと「時間だよ、ありがとうね。」と時間通りに帰そうとするのであった。私達としては、生活面の援助をもう少し受けた方が良いのではと提案していたが、本人自分でなんとか出来るからと受け入れてもらえず、訪問看護と同日にヘルパーさんに来てもらうのみであった。

加齢黄斑変性症となり視界に歪みと黒色に欠ける症状があり、継続的に眼科に通い治療していた。「歳だしこの治療いつまで続けるのかなと思うけど、進んだら(生活に)困るしね。」と高価な治療を続けていた。移動手段はもっぱら電動自転車で受診や買い物、地域の社会活動へ行って、忙しそうに過ごしていた。

 

   90歳を過ぎた頃より、自転車での転倒や体調不良などが多くなっていった。自転車は危険だからと自転車を押して外出するようになった。風の強い日に自転車ごと倒れそうになり大変だったとあとで話されることもあった。その都度生活援助や介護タクシーなど介護サービスの利用を勧めても「出来るうちは自分でと思うんだ。」とやはり支援を増やすことはなかった。その後年々、様々な病気を発症、入院や受診も増えていった。急な脱力や痛み・痺れにて歩くこともままならなくなっていった。なんとか伝い歩きをして生活する日々、庭の畑で転倒し、ヘルパーさんが来るまで数時間土の上に倒れていることもあった。息子さん達はかねてより施設入所を勧めていたが、ご本人は頑なに拒否していた。思うように動けなくなっても本人は自分でなんとかしようと訪問看護時には症状や内服薬についてわからないこと納得いかないことなどを聞き、対応しようとしていた。この頃には介護サービスも受けいれられて来ており、デイサービスや生活支援、訪問看護も週1回60分で入れる様になっていた。受診も往診になった「往診は寝たきりの人に来ると思っていた、今は違うんだね。」と出来なくなる事が増えて行くことに少し
落ち込んでいる様子もみられた。
  生きがいでもある地域社会活動もできる範囲で続けており、大好きなお風呂は危ないからと注意しても気分転換になると毎晩入っている様だった。当たり前の日常を続けることは本人にとって生きる意欲になっていたのかもしれない。

   冬になり寒さが辛くなってきた頃、下痢をきっかけに食欲不振となり入院することになった。精密検査にて、癌が見つかり余命数ヶ月~半年と診断された。積極的な治療は出来ず、緩和ケアの方針となる。入院後は食事も徐々に食べられる様になり、リハビリを意欲的に行い、廊下を伝い歩きで10m歩行可能までとなった。退院に向けてリモートでの退院カンファレンスが御家族も含めて行われ、ご本人に病名や病状、予後をどう伝えるか、どこで療養するかが話し合われた。入院中に本人からケアマネジャーへ電話あり、退院した後の生活や今後のことについて話があったと。その中で自分はあと2年を目処に終活し、自宅や地域社会活動の事を整理していきたいと考えていると話があった。残された時間が本人が思っている以上に短いのなら、余命を告知しないのはどうなのかと意見があり、余命を1年と告知することとなった。退院先は、一旦自宅へ帰りその後、息子さん宅近くの病院や施設に入所することとなった。

退院前に余命の告知を受けてからは立位保持困難にて車から降りることも出来ない状態にADLが落ちていた。退院後、食欲不振は続き水分もとれない状態になっていた。それでも訪問入浴では「このまま良い所へ行きたい。」と喜び踊る姿もあった。訪問時には看護師の顔を見るといつもの様に手で口を押さえ笑顔で何か言っているが、何を言ってるか分からず筆談をしてもらう。「○○さん、ありがおうネ。これからもよろしく。」「100まで生きる。」と力強く書いてくれた。それならせめて水分とらないとと話すと遠くを見て、「喉を通らないんだ。妻もそうだった。飲まなきゃだめだと言ったが、受け付ないと話していた。こういうことだったんだなぁ。」と妻を看取った時の話をゆっくりしてくれた。その数日後(退院して9日目)ご自宅で息子さんに看取られ永眠された。

 

  その人らしさを支えるのはとても難しい。Kさんは、人に頼らず自分で自分の生活を守りたいという意思が強く、転倒を繰り返す中でも安全安心な環境を整えることやサービスを入れることが叶わなかった。サービスを入れる事が本人の意思にそぐわない時どう本人を支えていくのか、他に方法はなかったのか、本人はそれで満足していたのか、考え続け今後のケアに生かしていきたい。

   また余命告知を受けてから明らかに意欲の低下がみられた。告知が良かったのか悪かったのかわからない。様々な感情や想い、身体的苦痛がある中で「100まで生きる」と言いながら、「こういうことだった」と実感してるKさんに私はなんと声をかけていいのか分からなかった。辛い状況であっても周りに気を配り笑顔を見せてくれて、とてもKさんらしかった。あの「ありがとう」は忘れずにいたいと思う。

  その人らしさを支える、らしさが何かわからなければそれを支えることはできない。日々のケアを通して、その人を理解していくことを諦めないで向き合っていきたいと思う。

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